
織田裕二 表彰式後に椎間板ヘルニアで緊急入院
第25回(2000年12月27日)@赤坂プリンスホテル(東京・紀尾井町)
ダム運転員が単身テロリストに立ち向かう真保裕一氏のベストセラー小説を映画化した「ホワイトアウト」(若松節朗監督)で主演男優賞を受賞した織田裕二は、受け取ったブロンズ像を何度も頭上に掲げ、喜びをかみしめた。
95年末の企画段階から参加し、プロデューサー的な役割も果たした意欲作。作品自体に意見を述べるだけでなく、公開直前にあった全国コンサートツアーでフィルムの一部を上映するなど、積極的に宣伝活動も展開。動員200万人超のヒットへと結びつけ、20世紀の最後を華々しく飾った。
もっとも満面の笑みとは正反対に、壇上に上がる際には足をひきづるなど持病の腰痛が悪化。表彰式後の同日夜に緊急入院した結果、椎間板ヘルニアであることが判明した。翌日の日刊スポーツ映画大賞には車いすで駆けつけ松葉杖で舞台に。01年1月放送開始の主演ドラマ「ロケット・ボーイ」は治療のために4週の中断を余儀なくされたが、同2月のブルーリボン賞には松葉杖姿で出席。その役者魂に、ファンは温かい拍手を送った。
この年は作品賞、主演女優賞の「顔」と助演女優賞、監督賞の「ナビィの恋」の2作品が2冠を獲得した。「私は映画の人間でない。荷が重い。恥ずかしい」と式の辞退も考えたという藤山直美をはじめ、両作品で苦楽を共にした共演者、スタッフらが表彰式・レセプション会場にそろい、受賞の喜びを分かち合った。
また、それまでインディペンデント映画での活躍が目立っていた浅野忠信が、「御法度」などでの演技を評価され27歳で助演男優賞に。同部門での最年少だった神戸浩(第16回=28歳6か月)の記録を塗り替えた。
94年に撮影された映画「PiCNiC」での共演をきっかけに結婚した人気シンガーCharaとはおしどり夫婦で知られていたが、この年前後から浅野の出演作が各国の映画祭に相次いで出品され、国際的な知名度もグーンとアップ。03年「地球で最後のふたり」では、第60回ベネチア国際映画祭の前衛的作品を対象にしたコントロコレンテ部門の主演男優賞を受賞した。翌年の第57回カンヌ国際映画祭では、「茶の味」(石井克人監督)が監督週間のオープニング上映作品に邦画として初めて選ばれ、08年にはチンギス・ハーンを演じた「モンゴル」が米アカデミー賞の外国語映画賞にノミネート。日本を代表する国際派俳優に成長した。
第25回の受賞者・受賞作
- ■作品賞
- 「顔」阪本順治監督
- 「やはり藤山さん初主演という、意表をついたインパクトで、今年一番目立ったんでしょうね」
- ■監督賞
- 中江裕司「ナビィの恋」
- 「西田が助演女優賞に選ばれたのがうれしい。監督としてはまだ力がないですよ」
- ■主演男優賞
- 織田裕二「ホワイトアウト」
- 「もうすぐ21世紀が始まりますが、20世紀はよかったけど、21世紀はダメと言われないよう、この先、今以上にいい作品を作るので、見ていてください」
- ■主演女優賞
- 藤山直美「顔」
- 「映画と舞台の違い? あくまで私は舞台がなりわいです。人にこびるのは嫌い。でも気持ちの中に凛(りん)としたものを持ち続けたいんです」
- ■助演男優賞
- 浅野忠信「御法度」「五条霊戦記」
- 「自分のやったことが認められることはうれしいですね。しかも、新聞社が映画界にエールを送るために作られた賞と聞きましたので、なおさらです」
- ■助演女優賞
- 西田尚美「ナビィの恋」
- 「一番印象に残っているのは、私泳げないんですけど、船着き場の所で必死に泳ぐシーン。でも、ほとんどカットされてしまって」
- ■新人賞
- 松田まどか「NAGISA なぎさ」
- 「(あこがれの織田裕二と対面し)かっこよかったです。将来は織田裕二さんや香取慎吾さんと共演したいです」
- ■海外作品賞
- 「スペース カウボーイ」クリント・イーストウッド監督
