
急逝した松田優作さんに願いを込めて特別賞
第14回(1989年12月27日)@東條会館(東京・半蔵門)
この年11月6日、松田優作さんが膀胱(ぼうこう)がんのため、40歳(戸籍上は39歳)の若さでこの世を去った。遺作となった米映画「ブラック・レイン」(リドリー・スコット監督)ではオスカー俳優のマイケル・ダグラス相手に一歩も引かない怪演で悪玉を演じ、国際的俳優としてこれからが期待された矢先の訃報だった。
選考会ではまず、「助演男優賞を松田さんに」の声があがった。しかし、当時の選考規定では個人賞は邦画作品というのが条件。いつか、日本人俳優が国際舞台に進み、洋画・邦画の区別に意味が無くなる日が来ることを願いながら、故人に対して初めての特別賞が贈られた。
松田さんは死の1年前から、自分ががんであると告知を受けていた。「ブラック・レイン」のクランクインが控えていた松田さんは「どうしてもこの映画だけは完成させたい」と医師を説得。ニューヨークなどでの8か月にも及ぶ撮影をやり通した。
親友の原田芳雄ら松田を慕う俳優仲間が大勢駆けつけた告別式では、6歳の長男・龍平くん、4歳の二男・翔太くんらの子供を抱えた美由紀夫人が必死で悲しみこらえる姿が、参列者の涙を誘った。
夫の死後、公の場に姿を見せることなかった美由紀夫人は表彰式に出席。「とても重いけど、優作が生きていたらもう少し軽く持ってたと思います」とブロンズ像をしっかり抱きかかえた。松田さんの死後、しばらくして渡辺謙、真田広之、桃井かおりらがハリウッド作品に進出するようになる。そして日本人女優で49年ぶりに米アカデミー賞助演女優賞に菊地凛子がノミネートされた2007年の第32回から、報知映画賞は邦画・洋画を分け隔てなく個人賞の対象するよう選考規定が改められた。
受賞を大粒の涙を流して喜んだのが「黒い雨」(今村昌平監督)で主演女優賞の田中好子だった。アイドル歌手からの転身でつかんだ演技派女優としての頂点。78年のキャンディーズ解散で一度は“普通の女の子”に戻ったが、実は弟・一夫さん(81年に死去)の看病がその理由だった。「弟のことを思うのなら、芸能界で活躍した方がいい」という一言で芸能界復帰に導いた萩本欽一も会場に駆けつけて祝福。田中の「今日まで涙をこらえてきましたが、もう止まりません」という言葉に新人賞の赤井英和も鼻が真っ赤に。会場にはすすり泣きが響いた。
第14回の受賞者・受賞作
- ■作品賞
- 「ウンタマギルー」高嶺剛監督
- 「外からふるさと沖縄を見つめた経験を通して、独自の文化を持つ沖縄のエネルギーを何とか表現したかった」
- ■監督賞
- 舛田利雄「社葬」
- 「長年手掛けてきた娯楽映画のジャンルが評価されてうれしい。今後とも面白い映画を作るために頑張る」
- ■主演男優賞
- 三國連太郎「利休」「釣りバカ日誌」
- 「いつも自分の演技に飽きちゃって苦労するが、自分の変革期にいい演出家とめぐり合って幸せ。精一杯上り詰めて、(自分の芝居に)満足して死ねれば」
- ■主演女優賞
- 田中好子「黒い雨」
- 「とにかく長くて苦しかったけど、ひとつのものを力を合わせて作り上げるという本当の意味が分かった気がする。“映画人”に一歩近づけたかなって」
- ■助演男優賞
- 原田芳雄「どついたるねん」
- 「優作に知らせたかった。優作がいたら阪本監督をどう評価するか聞いてみたかったよ」
- ■助演女優賞
- 吉田日出子「社葬」
- 「はい。映画は初めて。エッ、トロフィーいただけるんですか? そういうのも初めて。でも実はまだ忙しくて『社葬』を見てないんです」
- ■新人賞
- 赤井英和「どついたるねん」
- 「そろそろ元ボクサーのイメージから抜けて、役者として認められたいと思ってましたから、この賞は張り合いになります」
- ■特別賞
- 松田優作(遺作となった米映画「ブラック・レイン」の演技に対して)
- ■海外作品賞
- 「ダイ・ハード」ジョン・マクティアナン監督
